(via papertissue%
sft:
______________ (via matty franklin)
個人の中には「誰からも理解されないかもしれない」という思いや経験が必ずある。
“母の死” とか “恋人の裏切り” とか
“40日連続した真夏日の午後2時にふと感じた気分” とか
“3月の半ば頃に1日家の中にいて、夕方窓を開けてみたら、
外の空気がこちらの体が予期したのよりずっと暖かかったときの気分” とか……、
ある出来事に出会ったときにその人が感じた思いが、
常に事前に誰かの言葉によって書かれているのだとしたら、人は辞書をめくるようにして、
世界中にある書物を探せば、それを見つけ出すことができるけれど、
人には絶対に「いままで誰も書いていない」と感じ、
それゆえに「誰からも理解されないかもしれない」と感じる思いや経験が必ずあって、
「これを書いても誰からも理解されないかもしれない」と思いつつも、
それでも「自分の孤独の中での作業が誰かの孤独と響き合うこともあるかもしれない」
という期待をかすかに抱きつつ書くことが小説の原型なのではないかと思う。
だから小説を書くことに向かない性格というのがある。
自分の感じていることをすぐに既成の言葉に当てはめてしまおとする人。
または逆に(同じことなのだが)既成の言葉を使って
自分が感じつつあることを次々に説明していってしまう人。
つまり、言葉で説明できない不安定な状態のままに気持ちを保留させておくことに
耐えることのできない人は小説を書くことに基本的に向いていない。
— via 小説論
huit:
(via misswallflower)